ここ1週間で、急に涼しくというか、朝晩は寒ささえ感じるようになって、
猛暑から、秋へ駆け足で進んでいるような。
この調子だと冬も早く、厳しそうな予感さえしています。
そんな中、いつも出張やプライベートで通る道沿いに、
年中、薪を沢山、それも整然と積んでいるお宅があります。
(見事に積まれた薪。羨ましい)
いつもそれを見るたび、すごいな~
これだけ薪(たぎー)があれば、どんなに寒い冬も大丈夫だろうな
と思い、羨ましく(ころましく)思ったりしています。
(この家のお母さん?が、割ったり、積んだりしていました)
(家の前にもたくさん積んでいました。)
寒い冬は、暖かい火が何よりの御馳走。
薪の燃えるストーブを見るのはもちろん、
思い起こすだけでも、
体の内側から暑くなる気がします。
仮に、灯油がドラム缶で10本、20本あったとしても、
そんな気にはなれないな~と思います。
やはり、子供のころ、薪ストーブは、
生活の一部であり、なくてはならないものだったからかもしれません。
ご飯を炊いたり、魚を焼いたり、お湯を沸かしたり(時々、湯鍋にリンゴをぽとり)
時にはストーブの中の残り火(おぎり)にスルメをあげて焼いたりと、
たまに、やけどをすることもありましたが、
それでも今とは違う、ある意味では意外と豊かな生活だったのかもしれません。
明戸でも、30~40年前はほとんどの家が薪ストーブだったように記憶しています。
薪割り、薪積みや、家の中へ運ぶのは、
子供の仕事。一人一役でしたね。
それが時代も変わり、
今では、5軒ぐらいでしょうか。
各家々の煙突から煙が登り、
生活感がにじみ出ていたように思います。
薪ストーブのあるお宅に行くと、
なぜか、長いをしてしまうのは、
昔を懐かしむ郷愁から来ているのかもしれません。
近い将来、薪ストーブのある生活を送りた~い、
と密かに考える日々です。
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